月下百鬼道中 2.【月下の出会い】 5話 出立

 『氷の化け物』、と聞いて思い当たる物は僕の中にはない。一ヵ月一緒に旅をしてきたローザの方を見るが、彼女も存ぜずという顔をしている。

 マリアさんは再びコーヒーカップを手にした。


「あくまで噂ね。誰かがホラを吹いてるかもしれないし…あまり深刻に考えすぎないでね。このご時世、連邦も公国も緊張してるから、そういう噂話って時々あるの。オークがシノビーヌと手を組んで連邦に攻め込んでくる~とかね。」


「この前ど突きあってたね、あの二種族…。」


「あー…いたねぇ…。」


 オーク族とシノビーヌ族は太古から続く犬猿の仲だ。ちょっとしたいざこざで種族間の大きな争いに発展するほどに。この旅の間にもその様子を何度か目にしたことがあった。


「マリアさん、ありがとうございます。」


「いえいえ、ごめんね。朝から物騒な話して。あ、コーヒーお代わりいる?」


「すみません、いただきます。」


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 その後、僕らは酒場を訪れた。今、目の前には緑色のウェイトレス姿をしたルネッタという少女がいる。彼女はまだ成人しておらず、成人して冒険者になるときの為に酒場でアルバイトをしている。ちょっとした顔なじみだ。

 なんでもローザもここで働いていた時期があるらしく、僕よりルネッタさんと打ち解けているので彼女に話を進めてもらった。


「氷の化け物…?うーん、なんか昨日いた兵士さん達が話してたような話してなかったような……」


「そっかぁ、ありがとう。」


「あ、アンドルさんに聞いてみたらいいんじゃない?今もお仕事中だと思うけど、魔物の話だったら取り合ってくれるかもしれないよ。」


「アンドルさんかぁ…あの、びしぃってした人だよね。」


「そうそう、びしぃっ!ってしてるあの人。」


 アンドルさんは連邦の兵士を束ねている隊長だ。試験の時にも監督役を務めていたり、通行証をもらうときにもお世話になった人だ。この二人の中では、びしぃっとした人らしい。まぁ、確かにしっかりとしているし真面目な方なのは間違いない。


「よし。じゃあアンドルさんの所に行こう。」


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 アンドルさんはいつも城門から入ってすぐの所に立っている。おそらく出入りする冒険者やテント街の住民を含めたいざこざがあった時にすぐ対応できるようにしているのだろう。

「アンドルさん、おはようございます。」


「ん…あぁ、君達か。おはよう。どうした、何か用か?」


「はい、噂なんですけど…氷の化け物の噂について何か知りませんか?」


「そうか、お前達も聞いたんだな。不明瞭な情報だが、そういった手の話は国民の不安を煽るのでな。俺も気にしてはいたんだ。俺達も調査したいところなんだが、噂でしかないから人材を割けないし、俺も仕事でこの場を離れられない。…そうだな、君達。もしよかったら依頼として調査を引き受けてくれないだろうか。」


「依頼として?」


「あぁ、噂の魔物調査だ。今日から明日まで、報告は明後日の正午としよう。その魔物に関して、もしくは周辺の異変等でもいい、調査料は私が支払う。…これぐらいでどうだろう、頼まれてくれるか。」


 額は悪くなかった、というより調査にしては多いくらいだ。これなら宿に一週間は宿泊できる。それだけ脅威的な魔物の情報は貴重なんだろう。

 討伐ではなく調査だけなら危険性も少ない。もし本当にその魔物がいて、出くわしたなら特徴を覚えすぐその場を去ればいい。それからアンドルさんに報告すれば、その後対処すべきかどうかはこの人が判断するだろう。


「……わかりました、引き受けます。」


「ありがとう、では頼んだ。」


「ローザ、出る前にマリアさんの所に寄ろう。」


「うん。」


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  予定が決まったので連邦から出発することをマリアさんに伝えた。


「行ってくるね、お母さん。」


「お世話になりました。」


「えぇ、二人とも気をつけて。無理はしないように、疲れたらいつでも帰ってきてね。」


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 そうしてマリアさんの見送りを受け城門を出たわけだが、


「…と言っても場所の情報が全然ないからなぁ、どうしよ、噂の魔物に倒された冒険者は見つからなかったしなぁ…。」


「うーん…どうしよっか……あっ。」


「ん?」


「あの人なら何か知ってるかも。」


「…あの人?」


 知り合いに魔物に関して物知りな人物などいただろうか…?

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