月下百鬼道中 3.【Silver Cradlesong】 1.招待状

 魔狼と出会い、氷の化け物と戦ったあの日から数ヶ月、僕の身体はもうすっかり完治し、仕事に張り切っていた。
 今は朝のひと仕事を終え、僕はシュリンガー公国の酒場でローザと一緒に昼食をとっている。
 今日のお昼はアヒージョとパン、それと根菜のスープだ。アヒージョは油で具材を煮込む料理。オリーブオイルの中で魚や肉、ジャガイモ等が鍋の中でぷつぷつと泡を吹き出している。オリーブの酸味が効いたさっぱりとした風味が具材を引き立たせる。
 これがまた美味しい。
 そうして昼食を堪能した後、酒場の店長であるチップさんが声をかけてきた。

「お前達、パーティーなんてのは…興味ないか?」

「パーティー?」

「おう、これなんだが…。」

 チップさんは、赤い封蝋で閉じられた手紙を差し出した。僕はそれを受け取ると裏表をひっくり返しながら、まじまじと見る。手触りがさらりとしてとても良い封筒だ。

「さっき、銀髪のお嬢ちゃんが来てな。その招待状を冒険者の誰かに渡してくれってよ。服装からして貴族の出身だろうなぁ。」

「貴族…?そんな人がなんでこんなものを冒険者に?」

「さぁ…?…貴族様達が考えることなんざこれっぽっちもわからんな。」

 チップは腕を組むと、眉間に皺を寄せ困った顔をする。

「だけどよ、多少荒っぽいやつも集まるようなところにどうしてわざわざ来たんだろうな?渡せって言われても、そんなパーティーに参加させるんだからそこら辺にいるやつに、そら行ってこいって渡せるわけねぇじゃねえか。」

 チップさんは騒ぎなんか起こしたら責任なんか取れねぇよ、と大きくため息を吐く。

「そこで、だ。お前さん達ならいいかなって思ってよ。」

「どうして僕達なんですか?」

「大人しそうだから。」

「大人しそう。」

「一番騒ぎ起こしそうにないしな。」

「…まぁ…うん……なるほど…?」

 理由に納得がいったようないってないような。ただ、チップさんの言い分がどうであれ、どうも気が乗らない。
 自分達冒険者とは普段の生活も、住んでいる世界も違うような貴族達のパーティーに行って、どう振る舞えばいいのだろう。そもそも行く理由がこちらにはない。人の多い所も苦手だし、場違いになるのが目に見えている。

「あぁ、あとお嬢ちゃんが、美味い料理も準備してるって言ってたぞ?」

 ぴくり。

 料理、その言葉に僕だけでなく、横でペーパーで口を拭いていたローザまでも反応した。その様子を見たチップは笑い声を上げる。

「はっはっは!お前さん達、食い意地張ってんなぁ!あっはっはっはっはっ!」

「ぐっ……。」

 悔しいが、その通りだ。そりゃ公国の腕の立つ人の料理を食べたくないわけないじゃんか。
 それまでパーティーの招待に何の興味も湧かなかったけど、美味しい料理、という言葉に唆られた自分が恥ずかしい。
 単純だなぁ…僕。

「い〜いじゃねぇか、タダ飯食えるってんだ。ご馳走になってきたらいい。こんな機会滅多にないだろうからな。これも経験経験!」

 そう言うとチップさんはカウンターに体を乗り出した。

「ついでによっ、貴族様達がどんなもん食ってるか教えてくれよ。料理人やってる身としちゃ気になるんでな。もしここに無くて気に入ったのがあったら今度作ってやるよ。もちろん、食べたものより美味しいのを作ってみせるさ。この歳になっても料理の腕もあげたいもんだからな。」

 気持ちがいいくらいに酒場の店主は、にかっと笑う。

「なっ、頼む!お嬢ちゃんから請け負った以上、誰も誘わずに無視するのも気がひけるんだ。」

「うーん…。」

「…せっかくだし、行ってみよっか。」

 迷っている僕にローザは背中を押すようにそう言った。

「パーティーなんてちょっと緊張するけど…ねっ。」

「………。」

 顎に手を当て考える。
 全く知らない人からの、いつもの冒険では訪れることのない場所への招待。
 そこには何か意図などがあるのだろうか。どうしても疑ってしまう。
 魔物と戦ってばかりいる戦闘脳の、普段使わないような場所をフル回転してみるが…、何かを思いつくこともなく時間だけ過ぎていく。
 氷の溶けてしまったコップの水を手に取ると、ぐいっと飲み干した。

「よしっ、考えてもしょうがない!虎穴に入らずんば……じゃないけど、行ってみるか。」

「うんっ。…あ、そういえば手紙、まだ開いてなかったね。」

「む、そういやそうだった…。会場がどこかも分からないのに、手紙を開けなきゃ話も始まらない。」

 手紙の封に手をつけると一旦深呼吸した後に、よしっ、と呟き封蝋を剥がした。
 そこにはお手本のような整った文字で、招待の内容が書かれていた。

『名前も知らぬ冒険者様へ
この様な形であなた方を招待したことをお許しください。
貴方とお話出来る時を楽しみにしています。』

 手紙に書かれていたのは、そのたった三行の文と会場、そして筆者の名前。
 ローザが横から手紙をのぞき込み、その名前を読み上げる。

「リリアーナ……アルジェント……。」

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