月下百鬼道中 2.【月下の出会い】 10.帰還

 暗い。ここはどこだろう。何かの乗り物に乗っている?体の色んなところが痛い。でも…風が気持ちいい。
 目を薄らと開けてみる。白い毛並み。見覚えのある毛並みだ。…あぁ、そういえば助けてもらったんだっけ…。

「……ありがとうね。」

 再び目を閉じながらそう呟く。

「ウゥ。」

 返事が返ってきた。そうだ、と記憶を辿る。やられるなと覚悟した時、この魔狼が来たんだ。そして疲弊していた化け物に魔狼がトドメを刺した。
 その後、気が抜けてしまった僕はどうやら気絶していたみたいだ。死なずに済んだ、いや、協会送りにならずに済んだ、か。協会送りになったら記憶はどうなるんだろう、傷とか治ってるのかな。

「…うっ…」

 そんな事を考えていると、あばら骨があるところが痛んだ。腕を動かそうとしても痛くて動かせない。
 …まぁ、いいか。帰ったら教会行こ。治療もあそこでしてくれるだろう。
 ……あ、でも、その前に。

「ービーー」

 怒られなきゃな。魔狼の走るスピードが落ちる。体を受け止めてもらう。
 少し辺りを見渡すと遠くにテントが見えた。連邦の入り口付近だろう。

「タビトッ!」

「…っ……」

 ごめん、ローザ。ちょっときついから声出しづらくってさ。

「わたしっ…!まもっ、るの、できなくてっ…」

 鼻をすする音が聞こえる。あー…

「…だい、じょうぶ。」

「だいじょばないでしょ!」

 ローザは魔狼を見る。魔狼は飄々とした表情で見守ってくれている。

「…ありがとう、タビトを連れて帰ってきてくれて。」

「ウォヴ」

 魔狼は自分の役割はここまでだと言うようにすくっと立ち上がった。

「行くの?」

 魔狼はローザの顔の横で軽く頭を擦り付けると、風のようにその場を去った。

「いっちゃった…はっ、タビト、立て…ないよね…?」

「むり…っ……たぁ…」

「担架持ってきてもらうね!待ってて!」

 ローザの姿が街の中に消えていく。
 
 ……あぁ、ほんとに…忙しくて、痛い仕事だったな…。



ーーーーーーーーー



 数週間後、僕は教会で治療を受けた後にローザの実家にお世話になっていた。
 入院を終えてマリアさんの元を訪れると、片腕が包帯ぐるぐる巻の僕を見て、何事かと彼女はすごく驚いた様子だった。それからは至れり尽くせりの看病をしてもらって申し訳ないと思いつつも、ありがたい気持ちでいっぱいだった。
 そうしたある日の夜。もう骨も繋がり、あとは身体が全快するのを待つだけとなっていた。僕はローザの父親の部屋のベッドで本を読んでいた。
 月明かりが窓から差し込んでいる。

「…あの狼とも会ったのもこんな夜だったなぁ…。」

 そう呟いてふけっていると、ドアをノックする音が聞こえた。

「はーい。」

「起きてたね。」

「起きてました。」

「うん。どう?身体は。」

「だいぶいい感じ。リハビリも調子いいし。」

「そっか。」

 僕が身体を治す事に専念している間、ローザは看病をつきっきりでしていた。時間がある時は稽古をしていたみたいだ。ローザは、もっと強くならなきゃね、と毎日のように言っていた。

「身体治ったらまた仕事しないとな。」

「簡単なのからね。」

「あい。」

「無茶、ダメ。」

「……ハイ…ソウデスネ…」

「…今度は守るから。」

「ん。」

「……あ、いい月…またあの子に会えるかな?」

「会えたらお礼しないとね。」

「そうだね。」

 本当に、ばたばたとした日々だった。単に調査に出たと思えば思わぬ出会いに、思わぬ戦い、予想外だらけの冒険。これからまたふとした時、こんな試練のような日が来るのだろうか。その時は乗り越えられるだろうか。
 …いや、乗り越えなくては。強くなろう。月を見ながら僕はそう誓った。

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