月下百鬼道中 2.【月下の出会い】8話 会敵

 丸岩のある場所を離れ、音がした【塔のある場所】へ向かう。【シュリンガー公国】から東にそびえたつ【時渉の塔】。この塔の噂は様々なものがある。ある教団が拠点にしているだとかなんとか、絶えず耳にする。

 が、今は何より音の正体を確かめなければ。塔は高く切り立った崖に挟まれた道を進んだ先にある。

 塔に近づくにつれて、木々の折れる音と轟音が響いてくる。

 そして、細道を抜けたその瞬間。


「うおおぉぉおぉおぁああぁあああ!!!」


 耳の割れるような咆哮が地を鳴らした。

 隠れなければ。ローザを連れて近くにあった岩場に隠れる。

 その咆哮の持ち主は人間のようで異様の姿だった。

 2mは超えているであろう巨躯は氷で覆われ、大木をも引き裂けそうな鋭利な氷の鉤爪、刺々しい氷の尾、顔面は枝分かれした二本の角が後ろへ伸びた氷の仮面で隠れている。 

 その体は周りの空気を凍てつかせ、白い靄を放ちながら僅かに青白い光を放っていた。そして、それは叫び終わると、がくり、とうなだれ動かなくなった。

 様子を伺う。化け物まではまだ距離があるけど…さて。

 

「タビト、あれかな……。」


「うん、氷の化け物…だと思う。…静かになったし、今のうちにここから離れて……ん?」


 その場から離れようとした時、一人の長髪の女性が化け物の目前までいつの間にか歩み寄っていた。腕を抑えている。怪我をしているのか…?

 あんなところにいるのは危ない。あんな手の届くところまで近づいて何をするつもりなんだ。

 化け物は下を向いたまま、まったく動く様子がない。


「あの人は…冒険者…?」


 ローザが尋ねる。

 

「分からないけど…何をするつもりなのかな…。」


 ローザと怪訝にその様子を伺っていると、女性が化け物に何か声をかけた。


「------。」


 その言葉に反応したのか、化け物は勢いよく顔を上げる。そして、女性に目標を定めたのか腕を振り上げ、鉤爪で引き裂こうとしていた。

 だが、女性は一歩も動こうとしない。


「!!!」


 それを見たローザは岩から飛び出すと、盾と剣を取り出し、離れている化け物まで一気に駆け寄り距離をつめる。そして女性と化け物の間に滑り込むと盾を構え、声を張り上げた。


「ヴァンガードッ!!!」


 ローザの目の前に青白い光の盾が眩い閃光と共に現れる。

 その盾へ化け物はお構い無しに氷の鉤爪を振りかざす。鉤爪と盾がぶつかりあった瞬間、ローザの顔が苦悶に満ちる。


「?!くっ……!!」


 剣を地面に刺し体を支え、盾をかざし、懸命に堪える。ローザはそのまま顔だけ肩から覗かせる。


「逃げて!!!」


 ローザが声をかけるも女性は動かない。その表情はまるで不思議なものを見たような表情をしていた。


「おぉおおぉぉおおお!!!」


 雄叫びと共に化け物が力をさらに加えていく。鉤爪が光の盾にくい込んでいき、今にも引き裂こうとしていた。

 今だ。敵の懐に潜り込む。右足をめいっぱい踏み込み、右手の剣を体の左側の後に構える。

 がら空きの体に一閃。けれど、化け物はすぐさま叩きつけていた手を引くと、剣が体へ届くすんでのところで後方へ飛ぶ。


「ごめん、出遅れた!」


「大丈夫!」


 ローザは体勢を立て直すと後ろで立ち尽くしている女性へと振り向き声を再び声をかけた。


「早く!」


「………。」


 黙ったまま女性は少し下を向く。長い髪が顔を隠す。

そして一言、


「………ごめんなさいね。」


 そういうと周辺の空間が黒く染まっていき、女性は闇の中に包まれるように姿を消していった。

 今のは魔物の…いや、今はそれどころじゃない。

 集中しろ。

 敵は、先程の様子からは不気味なほど静かになっている。

 撤退だ。ローザに合図を送る。

 慎重に後ろへ一歩、また一歩、下がっていく。その間も化け物は動く様子がなかった。

 峡谷へさしかかろうとしたところまで敵から目を離さずに下がる。再びローザに合図を出す。

 走れ!

 振り向いてきた道を戻らなければ。

 と、その時、背にしていた方向から音がした。

 

ーーーバキンッ


 何だ、今の音。

 確認するため振り向くと、眼前まで巨大な無数の氷の杭が迫って来ていた。

 すぐにローザはヴァンガードを展開。そこへ杭が襲い掛かり、盾の側を抜けた杭は轟音と共に地面を抉っていく。

 土煙がたちこもり、辺りが暗いのもあってさらに視界が悪い。


「げほっ…!ローザ!」


「はぁ…はぁっ……な……なんっ…とか……っ…!」


 怪我は擦り傷だけだったが、ローザの息が上がっている。ヴァンガードは一度発動すれば体に負荷がかかり、重りを背負ったような感覚になる。それを間を置かず二度放ったのだ。とてつもない疲労感がローザを襲っているはずだ。

 まずい。

 そう思った矢先に土煙を振り払いながら氷の刃が現れ、容赦なくローザを吹き飛ばす。


「……う…ぁ…」


「ローザ!」


 ローザはずるりと壁から落ち、力なく倒れる。

化け物は鉤爪から、一つの刃へ変えた腕をローザへと振り下ろし追い打ちをかけようとする。


「させるかっ……!!」


 回り込め…!早く!!

 追撃をかけようとする氷の刃を剣で受け止める。


「ぐっっっ……!!!」


「ぅ…ぐぁぁあぁぁあぁぁぁ!!!!!」


 化け物は咆哮しながら全体重をかけ押し込んでくる。

 なんて馬鹿力だよ、こいつっ…!!!!

 肉体強化のスキルもかけてるのに、押し返せない。

 異常な硬さを持った氷の刃は削れる様子もない。だめだ、押し込まれる。

 と、思った一瞬、ふっと、かけられていた力がなくなった。耐えていた反動で体が前のめりになる。

 化け物は押し込んでいた刃を引っ込め、今度は両手を刃に変えて叩き込もうとしていた。

 ローザを連れて離れないと…!…!!くそ、動けよ、足!!

 とてつもない力で押され、体が力んだ状態から急に解放されたため、腕と足は痺れ、完全に態勢を崩していた。

 しゃがみ込んでしまった体は、いうことを聞かない。


「がぁぁあぁぁああぁぁぁぁああ!!!」


 徹底的に叩き潰すと言わんばかりに、その巨大な氷刃が迫った。

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